<Header>
<Author: 王維>
<Title: 大同殿柱產玉芝龍池上有慶雲神光照殿百官共覩聖恩便賜宴樂敢書即事>
<Format: 格式不明>
<Year: 1965>
<BookName: 唐詩選　下>
<Translator: 斎藤晌>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 大同殿（だいどうでん）に玉芝（ぎょくし）を生（しゃう）じ、 龍池（りょうち）の上（うへ）に慶雲（けいうん）有（あ）り、百官（ひゃくくわん）共（とも）に觀（み）る。聖恩（せうおん）、便（すなわ）ち燕樂（えんらく）を賜（たま）ふ。敢（あえ）て即事（そくじ）を書（しょ）す。>
<BookPage: 70>
<UsedPage: 1>
<Feature: 1, 4, 5>
<End Header>
<Poem>
欲笑周文歌宴鎬，
遙輕漢武樂橫汾。
豈知玉殿生三秀，
詎有銅池出五雲。
陌上堯樽傾北斗，
樓前舜樂動南薰。
共歡天意同人意，
萬歲千秋奉聖君。
<End Poem>
<Translation>
周の文王が都の鎬京に集まった諸侯を宴會に招いたとき、諸侯が文王をほめたたえて歌った詩など、今日の盛會にくらべたらおかしくて話にならない。また漢の武帝が汾河に樓船をうかべ、中流に横たわって群臣と飲宴して楽しんだなどというのもケチくさい故事だと思う。このたび大同殿に三秀の靈芝が生えた瑞祥があって、この大宴會が開かれたということを、かれらは知るはずもなかった。そして龍池の上に五色の雲がたちのぼったなどいう慶事もありはしなかったのだ。いにしえの聖天子堯がみちばたに置いたような酒樽をたくさんおいて、大きな柄杓で、自由に飲ませるというありさま。また高樓の前に竝んだ樂隊は、あたかも、いにしえの聖天子舜が人民とともに楽しんだ南風の歌にもたぐえられる音樂をかなでている。この御代に幸福をささげようと玉芝と慶雲というめでたいしるしを示した天意と、われわれ人間の氣持ちとぴったり一致したことは實に喜ばしいかぎりで、千年も萬年も、このような聖天子におつかえして忠勤をぬきんでようではないか。
<End Translation>
<Formatted Translation>
周の文王が都の鎬京に集まった諸侯を宴會に招いたとき、諸侯が文王をほめたたえて歌った詩など、今日の盛會にくらべたらおかしくて話にならない。
また漢の武帝が汾河に樓船をうかべ、中流に横たわって群臣と飲宴して楽しんだなどというのもケチくさい故事だと思う。
このたび大同殿に三秀の靈芝が生えた瑞祥があって、この大宴會が開かれたということを、かれらは知るはずもなかった。
そして龍池の上に五色の雲がたちのぼったなどいう慶事もありはしなかったのだ。
いにしえの聖天子堯がみちばたに置いたような酒樽をたくさんおいて、大きな柄杓で、自由に飲ませるというありさま。
また高樓の前に竝んだ樂隊は、あたかも、いにしえの聖天子舜が人民とともに楽しんだ南風の歌にもたぐえられる音樂をかなでている。
この御代に幸福をささげようと玉芝と慶雲というめでたいしるしを示した天意と、われわれ人間の氣持ちとぴったり一致したことは實に喜ばしいかぎりで、
千年も萬年も、このような聖天子におつかえして忠勤をぬきんでようではないか。
<End Formatted Translation>